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「ウェブロンザ・プラス」21日、22日と、二日にわたって掲載されます。

 
 だいぶ踏み込んで書いておりますが、あくまでも一般向けの記事ですので、よりマニアックな情報は本できっちり書こうと思っております。ですので、お問い合わせがあった「本と重複するのか?」ですが、重複いたします。

 あと、どうやらJYJを利用した投資事業組合の存在も浮上した。「Y'sエンターテイメント投資事業有限責任組合」(http://ys-entertainment-go.com/company.html)。JYJペン、東方神起ペン、オルペンの方々から情報提供がありました。

 日本の芸能人ではなかなか無い展開ではあります。どういった投資スキームなのか分からないが、ファンではない一般投資家がどこまで興味を持つのか、もしくは、ファンの投資を期待して、新たにファンとの一体化を図るという事業なのか。本当に、いろいろと考え出しますね、ザックコーポレーションは。

 改めて思うのですが、やはり、スターの元にはお金が集まります。お金儲け自体を悪だとしたら、この社会は回らなくなりますので、それはそれと割り切っていかねばなりません。

 でも、芸能人はイメージが何よりも大事です。思い切ったことをやるのは個人的には嫌いじゃないですが、大丈夫かな、と少し心配にはなります。

 思い切ったことをやらざるを得なくなっているのか。それとも新しく、今よりもより良い活動ができる環境作りになっていくという趣旨なのか、まだ判断は付きません。

 記事にも書きましたが、今、最も大事なことは、ファンの皆さまご自身がもはや新しい「力」となっているという現実であります。その「力」を今後どのように行使していくのか、も問われているとわたしは考えております。

 ともかく、今後ともじっくりと取材を続けていきたいと思っております。
  

◆追記 「ウェブロンザ・プラス」記事は21日午前11時半配信、22日午前11時半配信で、「社会・メディア」欄です。できましたら、感想等は22日分まで読んでから送って頂けたらと思います。よろしくお願いいたします。 

◆追記2 JYJおよびC-jeSエンタテインメントと投資事業組合は「直接の関係はない」とのことです。JYJの日本の興行活動を一手に引き受けているZAKコーポレーションと同じビルに入った会社が、そんな紛らわしいことやってるんじゃ、どこをどうやってもとにもかくにも紛らわしいというしかありませんので、では、ZAKと投資事業組合の関係はいったいどういうことなのか、ということも含めまして発表されることを切に希望しつつ、このような紛らわしい会社を同じビルに同居させ、「投資事業とJYJの関連は無い」にも関わらず、投資事業組合の「年利15%」の事業計画の中にJYJのPVが入っていたことに対して、「これは、さすがにどうなのかな」とまことにおせっかいにも部外者ながら心配になってしまいましたので、今後このようなことがないよう、投資事業組合やZAKにも厳重なる抗議を期待したいということを踏まえた上で、わたしが当ブログに先に書いた文章を訂正し、引き続き「調査の精度を上げる」よう精進することを約束しつつ、謹んでお詫び申し上げます。
 


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日本の社会全体の問題としての、一連の「東方神起騒動」

 
 
 わたしが執筆者の一人に名を連ねる朝日新聞社の『WEBRONZA』で、「『東方神起』分裂の裏側といま」という特集が組まれます。10月21日に掲載予定で、一騎当千、ゴリゴリのジャーナリストたちが、一斉に書く(はず)です。いやゆるゴシップとは違う、正面からの報道になると思います。わたしも記事を書く予定でおります。

 今までは、事務所間、ファン同士間の表に見えないところでの争いでしたが、これで、日本(や韓国、国際)社会全体の話として認知、捉えられることになります。

 一歩前進することになるかと思います。大げさではなく、この騒動は、社会全体に関わる問題だと大真面目に考えております。事務所間や、ファン同士間だけでなく、わたしたちの社会全体(の公共性、倫理)で見守り、解決していくべき問題だということであります。 

 それが、とりもなおさず、韓国からの「宝物」である五人のためになるのではないか、ということでもあります(それに、実は五人だけの事じゃないですし)。
 
 ちなみに、さらには国際問題だとも思っております。国際社会全体が見守り、解決して行くべきもの、と考えているということです。
 


 

エイベックスとC-jesの裁判。

 C-JeSとエイベックス・マネジメントの裁判は、東京地裁民事29部で10月20日(木)13時半から行われる模様です。弁論準備手続きをやるそうですが、傍聴はできないとのことです。

「弁論準備手続き」の段階となると、まだまだ決着はだいぶ先ということになりますね。

 民事裁判は原則公開のはずですが、最近はこの傾向があるとか。ヤ○ザの「掛け合い」じゃないんだから、公開にすべきだとわたしは思いますが(◆訂正 裁判所に行き閲覧申し込みすれば、「準備書面」は誰でも読むことができます。)

 要らぬ混乱が発生するかもしれないので、非公開なのは仕方ないのかもしれませんが、裁判なのに結局は不透明ということではありますね(◆訂正 非公開でも不透明でもありません。判決出ると、非公開になりますが、今は誰でも双方の準備書面は読むことができます。)


◆追記 問い合わせが多かったので、書きました。「期日は裁判所に電話して、記録は閲覧申し込みすれば、誰でもできる」。そうですね。誰にでもできることをやり、ソースの無い情報は信用しない。個人の想像、妄想は個人の自由。他人の想像、妄想に振り回されない。他人の判断と自分の判断は別もの。振り回されてしまった人のことまで、心配しない。法に触れていたり、目に余るようだったら、警察に通報する。自分の権利と他人の権利を、尊重する。

 基本的にわたしは自分が聞いた、自分で考えた、自分で調べたことしか、記事にしませんよ。事実関係について、無数のブログの言葉を信用することもありません。参考にはしますが。
 
「がっちゃん」やら他のブログ主様のことで、「転向」とか「アジテーター」とか「うそつき」とか、そんなこと言うの、意味ないんじゃないかな、と。

 特にわたし、「転向」という言葉、嫌いです。時に人は考え方、変わるでしょうに。ころころ変わる人だってそりゃいるでしょうに。自分がしっかりしていれば、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

 考え方の違う他人を攻撃することで仲間を形成することを「負の連帯」と言いますが、そんなことやってる人らたくさんいます。そんな人ら、わたしは、尊敬しませんです。政治サークルやってた学生時代に、もうほんとウンザリコーンしましたので、わたしは関わり合いになりたくないんですよ。
 
 組織や世間様のしがらみで、生きていく上で、致し方なく、という場合もあるかとは思いますが、極力、そんな「虚偽」とはお付き合いしたくないですね。

 また、わたしはしがない男でして、そうだからして、わたしの知り得ない女の世界にも興味は持つわけでして、そんな男が考えることに、そりゃ間違いはありますですよ。間違えたら謝りますし、訂正もします。そうやって、理解は深まっていくんじゃないですかね。ですから、できましたらばで結構ですので、教えてくださいませね。 

 また、このブログで書けないことだって、ありますよ。いろんな意味でそんなこと、当然です。説明はいらないでしょう。

 ともかく、誰にでもできることを、やっていけばよいのでしょうね。

 あと、「さようなら」と書いてくる人もいます。オ、オーイ、です。

 なぜ、書くのか、わざわざ……。謎であります。。そもそも会ってもいないでしょうが。それなのに、なぜか、ちょっぴり心が痛むし。もう。。

 東方神起とJYJのことを書き始めて、わたしは知らぬ間に、たくさんの失恋を経験しているようです。

 男なら「○すぞ」とか物理的な脅しの文句がくるのですがね。無いですね、まったく。

 これもまた、「女のオフェンス」の一つなのでしょうか。分かりませぬ。面白いですが、やはり不可解ではありまする。

 これに対するデイフェンス能力も高めるよう精進いたします。 

  


ちょっと視点を変えて。

 いったい、東方神起とJYJに関係するブログは、いくつあるんだろうか? 途方もない数があって、残念ながらその全てを閲覧することは不可能です。

 で、その中でも、あくまでも暫定的で単なるわたしの主観でしかないのですが、また、今の東方神起ファンであるとかJYJファンであるとか、どちらに偏っているとか関係なく、純粋にライティング的に一番面白いのが、「東方神起ブログ ユノとユチョンで2U」こと「がっちゃんブログ」ですね(http://gazzang.blog16.fc2.com/blog-entry-99.html)。

 なんだか、わざわざ名前を出して、東方神起とJYJについてきちんと書くライターが少ない理由が分かってきた。きっと「がっちゃん」にビビっているのだ。

「がっちゃん」を蛇蝎のごとく嫌っている人たちもいるでしょう。その見解に異を唱える人もいることでしょう。

 でもですね。彼女の文章は、やっぱりものすごく面白い。  

 韓国人なのに、完璧以上に日本語を駆使してて、もう脱帽です。翻訳業もやってらして、たぶんライター業もやっているのではないかな。上手いのは当たり前ですよね。

 この文章がタダなんだから、わたしら商業ライターの未来はかなり暗いです。。

 で、「がっちゃん」の文章の中でわたしが最も吹いたのが、その「腐女子ワールド」です。男性から「オエッ」とされる危険性の最も高い分野であります。わたしも「オエッ」となりながらも、なんとかして読んでいます。

 男性アイドルと腐女子ワールドの関係性について、8年前のSMAP本の時から気が付いていたけど、今回の企画でさらに磨きをかけるべく、ちょっとだけ切開してみようと思います。 

 腐女子ワールド全開で東方神起消費をしている層を、男であるわたしが、どのように理解し、考えるか。

 SMAPやジャニーズ集団、またはEXILEのファンの間でも(もっとずっと前から)、腐女子ワールドは展開されてはいたが、東方神起や男性K-POPアイドルは、それに比べてダントツに親和性が高いと言える。

 その理由は、韓国の男女関わらず同性同士のスキンシップの多さ、父役、母役、息子役、娘役といった密接な擬似家族設定からの近親相姦タブー妄想、言うことを聞いてくれる着せ替え人形のような従順なる扱いやすさ(妄想)などなど、多様な角度からの突っ込みやすさが挙げられる。

 その趣味の是非を論じる資格はわたしにはないが、しかし、この腐女子ワールドが紡ぎ出す「男同士」の世界の重要なことを、一点だけ指摘しておきたい

 それは、男同士の努力、友情、勝利の『少年ジャンプ』的世界観や、野球やサッカー、ラグビーの女子マネージャーの悦楽とは違う、男同士の優しさや労り合い、支え合いへのかなり切ないラブコールである。

 腐女子たちが夢見る男同士の肉欲妄想世界は、かなりデフォルメされているとはいえ、男に対する、ある「覚悟」めいた諦観と、それに倍する理想を描いている。

 男同士、かくあるべし! という強いメッセージが込められているのだ。

 この男同士に対する女の側からの「覚悟のラブコール」はかなり重要で、怠惰で自堕落で自分勝手な男性に対する痛烈な皮肉ともなっている。がっちゃんのブログや腐女子的世界観で語る他のブログ群たちは、なによりも、五人の東方神起、または二人の東方神起、そしてJYJの、不屈ではあるが、しかし単純で無知なマッチョではない生真面目さと知性を、最大限賞賛しているように思える(かなり辛辣に批判もしているが)。

 斜に構え、ニヒルぶり、ただ甘えているだけの男同士の関係性にはない、男同士が泣き、笑い、怒り、哀しむという感情の爆発、人間としての健康的な在り方を、腐女子ワールドは賛美しているのだ。

 今現在、東方神起やK-POPアイドルやスターたちが、ジャニーズ集団や日本の男たちよりも、腐女子ワールドと親和性がかなり高い、という隠すことのできない事実は、日本の男であるわたしにとっても、実はかなり重大事である。

「韓国の男は、酔うとサッカーと徴兵経験の話しかしない」と揶揄される韓国男子たち(時にそれは事実であるように思う)が、圧倒的に高いレベルで歌い踊り、それだけでなく、腐女子ワールドに親和性を持つほどに、男性性を高めていたとは! なのである。

 軍人、粗暴マッチョではない韓国男子たちの男性性の提示は、こうして韓国だけでなく、日本やアジアを席巻していった。日本男子たちの多くが、いまだに「韓流はやらせ」と言っているのは、こういう現実を見ていないからでもある。

 美しいゲイの世界を愛欲で描く腐女子ワールド。しかし、男のわたしや、実際のゲイたちから見たら、かなり現実との違和があり(腐女子たちも、「そんなこと、とっくの昔から知ってるよ!」と言うだろうが)、美しき男五人の分裂劇に「腐女子ワールド」を全開させているブログが多々有り、それはそれで自由な消費のあり方として何の問題はないとわたしは思う。

 しかし、かなり肉薄しているのに、アレっと肩透かしを食らうことが、結構あるのが腐女子の妄想ワールドだったりする。文字通り肉薄する妄想と、現実の男同士の葛藤が、ごちゃ混ぜになっているなとは、やはり男の端くれであるわたしには読めるところもあるのだ。

 その現実の男同士の葛藤のごちゃ混ぜ、ズレをなかなか修正できないことには、訳がある。女性は、男社会について、あまり知らない(興味無い?)からであり、それは男性が、自らのセクシュアリティとその生態系をきちんと切開、提示してこなかったからでもある。

 普通に生きている男性諸賢にとっては、実はこれ、かなりキッツい作業となる。だから、男性の多くはこれに手を付けない。男性の多くは、自らのセクシュアリティについての根源的な問題について、なんら疑問を持つこともなく、その生涯を終えていく。

「男性学」という学問分野の先生たちが一生けん命切り開いているが、まだまだ、なかなか前に進み切れていない。というか、せっかく興味を持っていただいている腐女子ワールド(あくまでも肉欲的妄想だけど)にも届いていないことは、なんとなく確かだと思う。

 現代の男たちは、フェティッシュの暴走を生きている。セックスは、本能や生殖行為ではないことはもちろんのこと、少なくない部分においては、もはや快楽の追求ですらなく、外部からのあらゆる仕掛けにより煽られ続ける苦役に似た欲情として存在してさえいる(これまた多数は気づいてさえない)。

 女もまた、次第にこの男が置かれたフェティッシュの暴走状態に突入しようとしている。もしかしたら、既に少なくない数の女の中には、狂おしい暴走状態となった欲情を抑えられなくなっているのかもしれない。

 だが、男と違うのは、女はセックスを生殖と切り離せないところがあり、フェティッシュの暴走に対して一定の歯止めが掛かる。生殖出来ない女は、その範疇に入らないではないか、との反論もあるかとは思うが、「産む性」である女という大きな幻想から、セックスと生殖を完全に切り離しているという考えは、やはり、まだまだ過激な暴論となるのではないだろうか。

 それはむしろ、K-POPアイドルを愛するファンたちの、時に保守的とさえいえる知性と品格ある淑女ぶりが、矛盾しているかもしれないが、絶妙なバランスを持った上質な消費者として、如実に表しているようにも見えなくもない(これは、今までやられっぱなしだったわたしからの、反撃なんかではもちろんありません。むしろ「覚悟のラブコール」に近いと思います)。

 女に対するフェティッシュの仕掛けは、かくして、かなり抑制された、しかし、見えづらいが確実に存在するものとして提示される。今まで、この女の隠れたフェティッシュ願望を密かに煽り商品化することに最も成功した日本人が、ジャニー喜多川氏に他ならない。ジャニー喜多川氏が天才的なのは、この女に対するフェティッシュな仕掛けを、無数に放ち続けたことによる。その最高傑作がSMAPさん(と嵐)だということです。

 で、今は? もう、書く必要は無いですよね。そう、イ・スマン氏が最強なのです。彼は、怪物でしょう。確実に一歩踏み出してしまったのが、イ・スマン氏です。ジャニーズ集団といえど、今後はイ・スマン氏の動向を無視することはできません。もうすでに、ジャニーズ集団の変容も起こっているともいえます。

 ともかく、イ・スマン氏は、いったいどんな頭の持ち主なのか、ものすごく興味がありますね。

 ほとんど理論化、普遍化されていない、男性社会の男性性セクシュアリティの秘密を、ジャニー喜多川氏やイ・スマン氏が、完全に暴き出しその奥義を獲得しているように思えるのは、わたしの妄想でしょうか。

 美しき男子たちの肉欲全開腐女子ワールドに、イ・スマン氏を入れたりしてみたら、どんな展開になるのだろうか。誰か、試みてみることをオススメしま……せんが、もし、やってみたら、教えてくださいませ(もう既にあったりしたら、ゴメンナサイ!)。

 腐女子ワールドから見た一連の東方神起騒動を、もう一度男であるわたしにフィードバックして考えてみたら、いったいどうなるのか? 興味あるというか、こうなったら切り込まねばなりますまい。と思うのであります。

 建設的な異論・反論、アドバイス、そしてお叱り、よろしくお願いいたします。

 

二つのお願い。

 今月はじめより、朝日新聞社が運営する『WEBRONZA+』の「社会・メディア欄」の執筆者となりました。初めての記事は、「『暴力団組員』である一人の青年『カフカ君』」です。
(アドレスは以下。http://astand.asahi.com/magazine/wrnational/2011100800001.html?iref=webronza)

 かなり私的な思い入れですが、自分が歩いてきた道であることは、確かではあります。

 写っている写真は二日酔いの時ですので、どうか突っ込まないようお願いいたします。何か言われても、完璧にスル―してみせます。

 懸案の「暴力団と芸能界」については、フリージャーナリストの西岡研介さんの記事が大変参考になります。皆さま、ご購読のほど、よろしくお願いする次第です。

 また、当ブログのコメント欄にて、とても大事な議論が行われておりますが、せっかくの議論ですので、「バ○」とか激烈な言葉を書くことは、なにとぞお控えくださいませ。あまりに酷いようであれば、コメントを削除いたします。

 今回の件で、旧知の弁護士さんとも議論を交わしております。「あくまでも裁判とは、最後の手段であって、万能ではない」というのが、法律のプロである彼の意見です。そしてまた「双方とも『全面的な勝利』を主張するが、多くは玉虫色の判決となって、結果疲弊する」とも言います。

 ゼロか百ではない、ということだと思います。完璧な意味で、白か黒か、善か悪か、気になるところだと思います。また、法律家は立場上、もしくは建前上、白か黒かはっきりした答えを出します。しかし本音では、「すぐに和解を勧めますけどね」と、やはり玉虫色は残るのだと言います。

 今回の東方神起騒動、わたしの中では、ある程度の結論めいたものは出ております。当たり前ですが、大事なことは、お互いの主張を時間をかけて聞くこと読むことだ、と改めて思いました。

 法律を無視した「掟」や「筋」で争う、「一割の分を、五割にも六割にもしてしまう」怒号飛び交うヤクザ同士の交渉事を「掛け合い」と言いますが、それはそれは緊迫した何時間、何日間もの激論が交わされると聞きます。いつ何時、「道具」が出てくるかも分からない、恐ろしい時間帯です。

 なんで法律を無視した「掟」や「筋」が飛び出してくるのかと言えば、たいていの場合、法律では解決できないから、もしくは裁判が長過ぎるから、というのがその理由です。
 
 で、そんな緊迫したやり取りの間でも、それを言ってしまえば「最後まで行くことになるよ」という言葉があります。そんな言葉を使ってはならない、ということです。「最後まで行って」しまえば、今までせっかく積み上げてきたものが、お終いになってしまいます。

 こういう言葉をついつい使ってしまうことが、「弱い」ことの表れだということは、自戒を込めて、また男女、イン・ロー、アウト・ロー関わらず、同じことだと思います。

 別に「弱く」ても構わないのですが、せめてしなやかにやっていきたいものです。ある程度「正義」や「悪」そして「絶対」を相対化したところに、わたしたちは立っているのでは、と思っております。

 五人の東方新起が歌った『O・正・反・合』とは、永久運動として過去、現在、そして未来においても進行していくものだと、わたしは考えております。

 

 

茨城新聞の迷走。

 茨城新聞がJYJファンたちの広告掲載をいったんは承諾しながら、途中で拒否したという。昨夜、JYJファンから送られた悲鳴のようなメールを読んで知った。

 詳細は「Lovin’JJ」(http://ameblo.jp/lovinjj/)というサイトにある。管理人は「yui & jun」さん。ジェジュンの私設ファンクラブのようだ。
 
 まずはその内容を読んだ上でだが、茨城新聞サイドの回答として、不可解なものがある。

「③今回のコンサートに関しても、反対する勢力から抗議のアクションが関係各所に寄せられるなど、一方だけの広告を掲載することによって公平、公正を掲げる当社の広告掲載基準に反するとの判断です」
 
 う~ん……、煮え切らない。「公平、公正を掲げる」なら、せめて「広告掲載基準」なるものの説明が、もう少しあってしかるべきだろう。これでは、「反対する勢力からの抗議のアクション」に地方紙とはいえ報道機関である新聞社が屈服した、と読めなくもない。

 茨城新聞は知らないが、新聞社はよく、政治団体や宗教団体の広告を掲載することがある。たいていの政治団体や宗教団体は、「反対する勢力」とやらを持っており、また、双方とも「抗議のアクション」とやらが好きである。そんな時も、いちいち、屈服しているのだろうか。

 確かに①と②に関しては、茨城新聞の判断とはなるだろう。しかし、そのような事態にあることを、また、そうなることが予想されると、最初から知らせていた、分かっていたとなると、やはり③が問題になるのではないか。
 
 そうなると、逆に、JYJ側からの「抗議のアクション」とやらが起きた場合、いったいどうするというのか。今回のJYJファン側の広告掲載アクションの是非は論じないが、これに対して、公器たる新聞社としては、かなりあやふやな対応と言える。

 茨城新聞だけでなく、JYJの問題となると、どうにも報道機関は及び腰、もしくはワキが甘くなることがある。たかが芸能のことで、面倒事に巻き込まれたくない、ということもあるのかもしれないが、せっかくの機会なのだから、潤沢な記者要員(実際にはそんなに余裕はないだろうが)を使って徹底的に調べ上げ、それを記事にすれば良い、と思う。

 JYJコンサートについては、JTBのバスツアーも中止となった。幾人かのジャーナリストとも話したが、おそらくは、10月1日より施行された「暴排条例」に対する反応と推測される。

 この「暴排条例」、条文もさることながら、運用もかなり恣意的なものになることが容易に予測され、法律家やジャーナリストの間でも問題とされており、各所で波紋を広げている。

 昨今、なんだか悪い意味でモノ言えば唇寒しになっていないか、と思う。いやぁな雰囲気だ。

 もしもだが、茨城新聞が「反対する勢力」とやらの問題ではなく、この条例によってその「判断」を変えたのであれば、それはそれで新聞社としての立場を疑われかねない、かなりの問題となる。それこそ、説明責任が問われることだろう。

「暴排条例」とその影響に関しては、別の場所できちんと書きたいと思っている。

 今回の広告は、「JYJの『東日本震災復興支援』の実績と『日本活動再開』を願っての広告」ということだが、「茨城の新聞に掲載する意味がいまいち分からない」と言うJYJファンもおり、確かにそうかな、とも思ったが、ともかく茨城新聞は、かりそめにも報道機関なんだから、もっときちんと対応すべきだろう。 

  

 

コメント欄にての質問について。

 東方神起とJYJの質問や情報の提供は、できましたらば右上にあるわたしのメアドに直接送ってください。お答えできるものであれば返信したく思います。また、こちらから質問することもできますし、その方が有難いです。
 
 また、これまでのコメントの公開の可否は、全て送られてくる皆さまの判断にゆだねておりました。荒れるに任せていたのは、わたし自身の強化期間(苦)だと位置づけていたことと、また、わたしが直に仕事をしている報道関係者に、事態の深刻さを改めて見せたい、という考えもありました。ですが、もうその効果は十二分に達せられたと思いますので、あまりによろしくないコメントに関しましては、承認しないようにしたく思います。

 コメント公開の可否でさえ、その人の立場が疑われてしまうのですから、やはり大変ですね。でも、モノ言えば唇寒し、が一番いけません。大人の分別で、言論の自由を最大限謳歌しましょう。

 わたしは、いちがいに喧嘩は悪いと主張する人間ではありません。まあ、人は時にやり合うでしょう。そのやり方を間違わなければいいとは思います。

 また、喧嘩は、引き際や手打ちが一番大事なポイントです。最後までやり合ってお互いを潰し合い双方ボロボロになるのは、新左翼過激派の革マル派と中核派だけで結構です。

 皆さま、これを機に鮮やかな引き際と手打ちのできる「喧嘩のプロ」になりましょう。

 あと、コメントを送信してから閲覧できるまでに、遅れが出る場合もありますが、それはわたしがパソコンの前にいないからです。わたしは、24時間パソコンの前にいませんし、たいていの夜は、人に会って取材したり打ち合わせをしており、帰宅は深夜になりますので。

「しぃちゃん」さんのコメントにとても癒されました。確かに「おとなの事情」ですよねぇ。なかなかのお手並み、痛み入りまする。

 ヤクザの不文律は「仲間の女に手を出すな」。これは基本中の基本のご法度です(それを破る者も多いですが)。

 また、惚れた男の喧嘩に過剰に与してしまうのも「極道の女」の性。ついつい熱くなってしまうのは、惚れた男がイケないのか、それとも自分が良くないからか。
  
 だけど、まあ、男の喧嘩に関わらない、というのも女のやり方、喧嘩のやり過ごし方の一つかと。それが惚れた男のためになることだってありますし。

 そういった意味での「喧嘩の仕方」を教えてくれた、今は亡き、とある九州の大親分を思い出してしまいました。 

 とにかく、この騒動の引き際と手打ちがいったいどこになるのやら。何だか茨城のJYJライブで、そのことの一端が見えてくるような気がしています。

 時代は変わってきているのかもしれません。警察もヤクザもその周辺者も、そして芸能界全体の在り方さえも、変わってしまうのかもしれません。

「おとなの事情」にも、大きな変化が起きているように思います。



プロフィール

小野登志郎

Author:小野登志郎
職業 ノンフィクション・ライター。ハードボイルドに疲れてきた三十路後半男。枯れていくばかりの人生を楽しむことにします。

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