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上海へ。

 明日から4月11日まで中国上海へ行ってくる。これまでの海外行きとは明らかに違うものがあるが(何も変わらないものもあるけど)、自分のやるべきことをなるだけ粛々とやってきたいと思う。

 被災地の映像や静かで見えない放射線の恐怖の日々は、乱世の到来を予感させ、また、そうなった場合、自分は生き残れないだろうな、または自分だけが生き残ったらどうしよう、みたいな倒錯した念慮に悩まされる。逆に、自分の力ではどうしようもないことと、自分の力を最大限発揮しなければならないことの境界線みたいなものが、ある程度明確になったこともある。

「遠い世界の外国人から見れば、同じ日本のフクシマもフクオカも、あまり変わらないことなのかもしれない」とつい親戚に言ってしまったが、この日本人としての全体性とは別に、被災の中心点から見た場合の、その受けた被害の濃淡の違いから、東京に居住する自分の「外」人性にも気づかないわけにはいかない。

 その居心地の悪さを「ガンバロー」でごまかしても悪くはないのだが、または、今原発でガンバっている人たちの文句を言うな、とか、そんなこんなを「外」から言う人たちも含めて、本当の意味でこの被災の中心と外縁に存在する人々にとっては、何を言っても何をやっても不謹慎にしかならないのではないだろうか。ということは、ことさら何かに気遣って、息を詰める必要も無いようにも思えてくる。

 おっちょこちょいで正直者のラモスが「逃げた外国人はもう帰ってくるな」と発言したと聞くが、ちらほら戻りつつある中国人たちはバツが悪そうに、様々な理由から居残った居残らざるを得なかった中国人たちに「いや、逃げたわけではない。ちょっと仕事があって……」と弁解これ努めている、と聞いた。

 誰が逃げようが逃げまいが、親しい人を失くし住み慣れた町と見慣れた山地森林を喪うことになるかもしれない人々にとっては、そんなこと、まったく問題にすらならないだろう。

 私は、一時上海に「逃げ」て、自分の仕事をこなして、また東京に戻ってくることができるだろう。そのことを、望外の悦びと感じることから、また頑張っていくしかないように、今は思っています。



 


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いら立ち。

 深夜、都内の街はいら立ちと不穏さを増してきているような気がする。昨夜、酷い目に遭った。

 ダークグレーのスーツを着た、がっちりとした体形の40絡みの男は、店に入ってきた時にはすでに、まっすぐに歩けないくらい泥酔していた。友人と思しき男を一人従え、席に着くなりごろんと横になり、店内にいた私と中国人店長に向かって中国語と日本語でしきりに悪態をつく。店長は笑いながらそれを受け流していた。

「どうぞどうぞ。日本人になりやがって。勝手にやれよ、ああ、ハイハイ」

 などと、意味不明な言葉を私にも投げかけ挑発してくる。2011年3月23日、東日本大地震が襲った後の新宿歌舞伎町、深夜2時のことだった。

「おい、俺は、オマエがオムツしていた時からこの街と店長のことは、よく知ってるんだよ!」

 男が怒鳴り、側にいた連れがあわてて口を抑える。10秒ほど、私はじっくりと考え込んだ。ん、何だ、これは。しかし、この度重なる無礼な言動に対し、抗議の一つもしたくなった。男の顔を見て、言った。

「そのオムツをしていたオマエとは、もしかして私のことですか?」

 その瞬間である。「そうだよ!」と怒鳴るや、いきなり男は持っていたグラスを私に向けて投げ付けた。距離にして4メートルほどだったか。グラスは、私の左目の少し上のところに、ゴチャッという鈍い音と共に――私にはそう聞こえた――命中し割れた。破片と水しぶきが私の顔と服に飛び散った。そして男はなおも猛り立ち、ガラス製の灰皿を自分の頭の上に持ち上げると、目の前にあるテーブルに思いっきりぶつけ叩き割った。

「これでオマエの頭、殴りつけてやる!」

 怒りと怖れがない交ぜになり打ち震える手で、私は、顔や服に付いた水しぶきを払いながら、相手の男を睨みつけた。イッタイ、ナンナンダ、コレハ。連れの男も身構え私の出方を窺っている。あまりの出来事に店長が驚き慌て、グラスをもろに受けた私の顔におしぼりを当てている。

「ほら、かかってこいよ。ここは、歌舞伎町だろ、ええ。警察呼んでいいよ。おい、どうなんだ!」

 さらに挑発する男と、それをニヤニヤとしながら横目で見やる連れの男。グラスをもろに受けるとは、反射神経にかなり問題があるな。あれが拳銃だったら、一発で仕留められているな。増幅する怒りと屈辱の中、衝撃を受けたはずの私の半分の頭は、それなりに冷静に状況を分析していた。

「ああ、ハイハイ、ごめんなさい、悪かったです。ハイハイ、ごめんなさいねえ。ほら、いつでも来いよ!」

 不良中国人の取材を初めて十年以上が経つ。脅しを受けたり嘲笑や口汚い罵りを受けたりなど、この間、様々な出来事を経験してきたが、この世界にある微妙な間合いというものを、それなりに体得しているつもりだった。しかし、目の前にいる男には、それが全く通用しない。そしてなにより、「彼ら」との付き合いの中で、これまでで最も不快な思いであり、味わったことのない複雑な感触だった。

「オレは日本人だよ。中国東北部出身で帰化したんだよ。なんか文句あるか」

 グラスを投げつける前、男はそう言った。

「地震や原発の不安で皆が帰国する中、今も日本に残っているとは大変ですね」

 仕方なく、私はそう答えたと思う。男は初めからかなり酔っ払っていた。この店に来る前にも喧嘩沙汰を起こし、トイレの中で店員の頭を便器の中に突っ込んでいたという。誰でもいいから絡んでやる、そう思っていたことに間違いはなかった。

 しかし、この僅かな会話のどこかに、何か彼の琴線に触れるものがあったのではないか。稚拙で荒っぽい彼の怒りの表出の仕方に、日本と中国の暗くて深い溝を感じ、また、不思議なことに彼の姿から、ある既視感めいたものを覚えてもいた。幸い目立った外傷は無かった。男を睨み据えながら怒りを感じ、そしてその怒りを考えていた。

 店長が、なおもいきり立つ男を必死に止めている。「ごめんなさいね、ごめんなさいよ」とふざけた口調で言いつつ、私と彼らの間に二人の店員が壁を作る中、ようやく二人の男は席を立ち、店を去っていった。

「中国の女はどこに行った? 女を買える店はどこだ。売春女はどこにいる!」

 そう喚き散らす男の姿は、まさに下劣の極北だった。
 
 被災地の悲惨な状況が伝えられ首都圏では計画停電が続く中、不謹慎にも深夜の街をさまよう私が出会うのは、こういった連中なのだ。私にとっての中国と日本が彼らであり、彼らこそが、私が「求め」ている日本と中国なのだ。

 そう思いつつ落ち着きを取り戻そうと、私は店長に男の素性を聞いた。男は、日本の高級ホテルグループPの中国観光客部門の室長であるという。連れの男もまた東北部の出身で、朝鮮族の中国人だった。日本語が上手く日本人に帰化した男に、年を追う毎に裕福になる中国の観光客を誘致する役割をあてがったのだろう。しかし、地震が起き観光客どころか、日本中の中国人の多くが、この国から雲の子を散らすようにして逃げ去った。客がいなくなった男の仕事は滞り、翌日から被災地へとボランティアに駆り出される予定だと言う。憤懣と苛立ちを募らせていたわけだ。

 そしてどうやら、7年ほど前、この男と私は、歌舞伎町の中国人クラブで一度出会っていたようだ。男はある街の中国人グループの顔役と共に、その場にいたという。街で違法ドラッグか何かを売りさばいていたゴロツキだった男は、今や日本の高級ホテルの中国人担当部室長となり、来日する中国政府の要人や大使館員の窓口になるなど、「出世」していた。

「中国人客だけに依存していたから、中国人が日本に来なくなると、もう終わり。彼は帰化して日本人になり会社勤めだから、中国には帰りづらい。でも、今の仕事の中身は中国人依存症みたいなもの。覚せい剤もそうだけど、何でも依存しちゃダメだよね」

 男のことを知る街の不良中国人はそう言い、嗤った。怒りと屈辱を抱えた私の腹は、この言葉に同調し、不快極まる気分が少しだけ和らいだ。

 一週間ほど後の四月一日に、私は、余震が続く東京を離れ中国上海へと向かう予定だ。日本から逃亡した在日不良中国人を追いかけることが、その主目的だ。日本列島に押し寄せてきた地震と津波、そして見えない放射線の恐怖は、中国人だけでなく不良外国人の多くをこの国から一掃した。しかし、彼らは忘れた頃に、間違いなくまたやってくる。

 今は、海を越える不良中国人たちの濁流に、私は、ただひたすら身を任せたいと思っている。

暴力革命者たち。

 先ほどある編集者から連絡があった。

「ふと思ったのですが、過激派さんたちは、今、どんなことを考えているでしょうかね?」

 えっ、暴動の扇動とかですか、そんなことはさすがにやらんでしょう。そう答えると。

「でもセクトのなかには暴力革命を標榜しているのがいるわけですから、彼らの頭の中では、今が絶好のチャンス、となっているんじゃないでしょうか?」

 なるほど、と思った。だがその可能性は、本格的な炉心溶融の可能性より格段にゼロに近いだろう。そう言うと彼は言う。

「じゃ、彼らはいったいいつ、暴力革命をやるんでしょうか?」

……だから、彼らには暴力革命をやる力もその意思も無いんじゃないか、と答えた。かつて(今も)「内戦を革命戦争へ」とアジる党派や「今はその時ではない、左翼小児病だ」という党派も、そういえば残存していた。未曾有の震災で、迂闊にも彼らの存在を完全に忘れていた。

 忘れていてもいいんじゃないか、とも思う。おそらく公安警察、公安調査庁は注意深く監視していることだろう。それもまた徒労に終わるだろうが、彼らももう「暴力革命」などと金輪際主張しないことだ。

 そういえば、かなり迷惑な存在がいたことを、思いだしてしまった……。

 そしてまた、遠く中東で起こる「革命」をきちんと思いだすことができた。



 


 

 




 

日本脱出する外国人。

 株価大暴落、農水産物の風評被害、外国資本の撤退、外国人観光客の激減などなど、今回の大震災での日本経済の悪影響は計り知れない。それはまた裏社会でも同じことが起きている。

 偽装結婚の斡旋、偽造パスポートなどの価格の低下、というか今は需要すら無く価格が付かない。国際結婚が御破談になるケースもある。かつて命を掛けてコンテナ船にすし詰めにされながら日本を目指した時と隔世の感がある。

 新宿歌舞伎町を中心に関東近県の街の利権を奪い合った不良外国人は、雲の子を散らしたように日本を離れ、通り一本、町辻をめぐっていがみ合う連中の姿は文字通り消えた。

 長く日本で働いており、一時的に故郷に戻っていた中国人は、今後どうするか悩んでいる。

「地震と津波も怖いけど、それはいつかは収まること。でも放射能がね……」

 地震大国に住む日本人は、このような災害に対して極めて冷静であり、その姿を見て安心する外国人も多い。しかし、こと原発、放射線に関する恐怖感は、一時的では済まず長引く可能性がある。

「地震や津波は天災で仕方ない。でも放射能はやっぱり人災、日本人の問題だよね」

 在日中国人を取材してきた私にとって、彼ら彼女らの言葉は身につまされ、またその行動が及ぼす原発震災の影響は甚大だ。
 
 以前、あるフィリピン人が冗談を言った。

「フィリピンで原発を作ろうとしたドイツの専門家たちが、すぐに帰国しちゃった。だって、『こんないい加減な連中に原子力は管理できるわけがない』だって。アハハ」
 
 このような事態に際しても、暴動や略奪が起きない日本を自画自賛している向きもあるが、コンビニやスーパーに血眼になって駆け込み、必要のない物まで買い込む日本人の姿を見て、あるいは豊かなはずの日本のがらがらになった商品陳列棚を見て、なにか大きな幻想が崩れ落ちたことは想像に難くない。 

 ある警察関係者は言う。 

「復興が始まり、日本の経済が復活すれば、また戻ってくるさ」
  
 またある中国人は言う。

「中国からは黄砂や毒餃子。日本からは放射能。これでお互いさまになったね」

 繰り返しになるが、地震大国日本にとって地震や津波に耐えることは、数千年この地に住んできた我々の祖先にとっては慣れっこで、その都度乗り越え逞しくなっていった。しかし、こと原発に関しては、まさに未知の領域なのだ。

 今だけでなく、世代を超えて将来にわたってボディブローのように効いてくる甚大な被害、それは地震や津波ではない。

「原発政策は国策であり、国家百年、千年の計なのだ」

 かつて、ある東電関係者はこう私に言った。その気概やまことに良し。しかし、その我が国の国策は百年どころかわずか40年余りで、取り返しのつかない破綻が進行している。

 被災地出身の友人から、家族の安全が確認できたと昨夜連絡があった。子供も無事だと言う。被災地では新しい命も生まれている。

 今だけではない、数え切れない世代にわたり国土を守り住み続けてきた我々日本人の祖先とこれからの将来の子供たちの問題なのだ。寸土になるのか、それとも広大になるのかはまだ分からないが、しかし、国土を汚染し人が住めない土地にしてしまった罪は、極めて深くぬぐい難い。

 その現実を深く理解しているのは、被災地でもない東京都内においてあさましくもコンビニで買い込むような日本人ではない。日本という国を愛し、そして去っていかざるをえない外国人たちの複雑な心境にも時に思いをはせてみよう。そこに不良も善良も無いのは言うまでもない。

 日本人の多くは、中国脅威論、北朝鮮、ロシア、いろいろ「論」を吐き出し合ったが、「戦後65年最大の危機」なるものが、いったいどこから生まれ出たのであろうか。

 付け加えるが、有史以来、我が国に侵入移住してきた最凶の不良外国人たちも、我が国土を人が住めない場所にまで汚染しえた事実は、寡聞にして私は知らない。


原発推進派と反原発派。

 ともかくこの二つの意見が真っ二つに分かれるていることが、混乱する要因になっている。今のところ、反原発派が危険性を煽っている感が否めないが(まっとうなのかもしれないが)、しかし、いわゆる「想定される最悪の事態」と言うものが、いったい何なのか皆目見当がつかない。

 ただ個人的に取材したことがある数人の東電関係者は、「どんな事態にも、例えばマグニチュード8でもビクともしない」と自信たっぷりに主張していたが、ここまで「想定外の事態」が強調されると、やはり不安になる。「でも、もしかしたらですよ、マグニチュード8以上の地震が、原発施設の真下で起きたとしたら、どうなるんですかね」とそれこそ何度も聞いたら、だいぶ不愉快そうに「交通事故に遭うより低い可能性を想定する必要はない。隕石が墜落する可能性よりも確率的にはあり得ないというのが合理的な判断だ」なんて言ってましたけど、今は間違いなく「想定外」ですよね。

 個人的に取材した東電関係者、日本原燃関係者は、嘘をついたり情報を隠ぺいしたりするような体質、人格の持ち主ではなかったように思う。どちらかと言えば職人、名刀や伝統的な芸術品を創るアーティストのような禁欲的なエートスを持つ人間たちであり、科学の粋を極め、自然の摂理という「神」の領域に果敢に挑む冒険者たちのようだったというのが、私が覚えた感触だった。信じているんですよね、科学を。

 でも、やはり「想定外」なんでしょ。さらには、「これまで人類が遭遇したことのない、まさに未知の領域」なんでしょ。交通事故や隕石の衝突だったら、言葉は悪いけど、そこまで人体に影響は無いのだけど、こと放射線、および放射性物質の飛散という事態が、あくまでも確率的にとても低い可能性でしかないないことだとしても、やっぱり不安に感じてしまうのは、門外漢で無知なのかもしれないが極めて善良な一般市民が考える理性的感覚というものなのではないだろうか。テレビで出てくる専門家の「素人がなに言い腐るか」みたいない態度を見ていると、少なくない不快感を覚えることしきりである。

 彼ら専門家のコメントは、事態が落ち着いた時に、詳細に検証されるべきだろうし、場合によっては責任問題にするべきであるようにも思う。

 すくなくとも原子力政策は、国民的な合意とまではいかないまでも、なんらかの覚悟をもった妥協があってからに推進すべきではなかったのか。「イデオロギー論争にしかならず、不毛だ」と言ってきたのはほぼ推進派だったはずだが、こういった事態になっているのだから「想定外」という言葉に逃げない、科学者として倫理を保持した発言に期待したい。すくなくとも現在進行している事態は、専門家ですら予期できないほど「人類がかつて体験したことのない未知の段階」にあることだけは、確かなのだから。

 私は門外漢ではあるが、マグニチュード9,0が発生したという事実は、よっぽど原発命のイデオロギーを持っている専門家ですら、マグニチュード9、0以上の地震が原発真下で起こり得るという確率を、いや増しに上げたことだけは否めないだろう。

 ただ今の段階は「ステーション・ブラックアウト」という、未知の領域に入ったことを、神を恐れない職人たちが文字通り命を掛けて対峙していることを、ただただ応援するしかないように思う。そして、事態が沈静した後、報道関係者たちは、それこそ総力を持って彼ら専門家たちを丸裸にするべきだろう。そう考えるしかない状態なんだろう。

 

 




震災便乗詐欺にご注意を。

 テレビ・新聞は巨大震災報道一色だが、やはりというか災害に便乗した「振り込め詐欺」もどきが登場しているようだ。チェーンメールで広まっているデマと同じく、気を付けた方がよい。

 戦争や災害という一般市民にとっての危機は、アウトローにとってはチャンスとなる場合が少なくない。余震が収まっていく中、彼らの一部の蠢きは活発化していっているのかもしれない。



 

成田空港にすら行くことができなかった。

 上海どころか、成田空港に向かうことすらできず、新宿から一歩も外に出ることができなかった。

 家に帰ると部屋は無茶苦茶に。パソコンはひっくり返りグラスやお皿が割れ、書類や本が散乱して今も片づけをしている。

 地震発生時、新宿を歩いていたのが、建物からものすごい数の人間が外に出てきて皆驚いている。建設途中の超高層ビルが、「ガシャーン、ガシャーン」と、ついぞ聞いたことも無い衝撃音を響きわたらせながら揺れ動いている。そんな中、ホームレスの方がピクリともせず熟睡している姿がとても印象的だった。

 閑散とした深夜の歌舞伎町では「泊まれるところ紹介しますよ」と、客引きから声を掛けられた。歌舞伎町のデートクラブも営業しているところもあるという。携帯も繋がらず、新宿中をぐるぐる回ることだけしかできず、巨大地震の前に、ただただ無力で途方に暮れた。

 交通網を遮断された人の波は延々と続き、一刻も早く自宅に帰るためだろう、歌舞伎町のドンキホーテの自転車はすぐに完売したという。

 情報収集と今後の対策のため、新宿のエイチ・アイ・エス支店で待機していたのだが、このような事態にも関わらず、「ハワイの夕陽が見えるホテルを紹介してください」と客が来た。「どんなものだろう」と一瞬思い描いてみたのだが、スタジオアルタの巨大スクリーンに映し出される被災地の圧倒的な映像に、かの地の夕陽はただち掻き消される。

 5時間早い便であれば、地震に遭遇することなく中国上海へと向かっていた。今頃は、上海の夜景を見ながら我が国の非常事態を眺めていたことだろう。

 崩壊寸前だった管内閣は延命することになる。緊急事態宣言が出された原発の沖に、アメリカの原子力空母が向かっている。東京電力本店にデモをかける反原発派もいる。
 
 新聞・テレビが、その総力を挙げて報道する震災情報を追っていては仕事にならない。その為心ならずも別のネタを追いかけざるを得ない週刊誌記者がいる。

 私には「北九州に戻ってきた方がいいんじゃないのか」と心配してくれる親戚がいる。被災地出身の友人の一人は、今もなお家族と連絡が取れないと言う。

 市ヶ谷の防衛省にはひっきり無しにヘリコプターが行き来している。このような非常事態においても、それぞれの仕事をこなすしかないということで、やはり私は上海で、後ろ髪を引かれながら不良中国人を追っているべきではなかったか、と思ってもいる。

 

 
 
 
 

上海へストーカー!?

 明日から6日間、中国上海に行ってくる。昨年11月からずっと、中国で詐欺して都内各所に潜伏していた男を「あっちにいった」「こっちにいった」と追いかけていたのだが、今はまた中国に戻っているという。そして「どうやら上海にいる」、らしい。

「で、上海のどこにいるの?」

「いや、そこまでは分からない」

 ということで、上海の推定人口3000万人の中から彼を見つけ出してこようと思っている。ホントに薄い伝手だけど、なんとかたどり着いてこようとは思っている。

 まるで詐欺師を追うストーカーみたいな展開だけど、この人物に接触できればいろんなことが分かってくるはずなのだ。東京でじりじりしていても何も始まらないので、とにかく当地に行ってみる。半分以上やけっぱちだけど、成果を上げてくるゾー。
 
 また、ついでに当地の日曜日民主化運動についても「散歩」してこようと思っている。黒いグラサンかけた公安連中の姿を、さささっと見てきます。あくまでも「観光」。取材ではありません。

 東京と上海は、飛行機で3時間ほど。近くて遠い日中両国の大都市だけど、本当に様々な人間が行ったり来たりしている。

 ともかく今は、日中両国をまたがる詐欺師のストーカーの役割を、甘んじて引き受けて、そこから見える領野を描写できればいいなと思っています。

 

 
 
 


  



第四回目のフォーラムは、重かった。

 昨日、ジャーナリストの安田浩一さんをお呼びして、第四回目の「フォーラム・現代東アジア研究」を開いた。テーマは「中国人実習生、研修生制度について」。衝撃的なその労働実態を、精緻な取材で浮かび上がらせてきた安田さんの生の告発は、一時間半という長い時間、聞きいる参加者を凍りつかせるほど緊張に満ちたものだった。安田さん曰く、「この問題は、人権問題ですらなく、もはや彼ら実習生、研修生の人格そのものを否定する問題なのです」。講演の詳細は後日アップしたい。ぜひご一読されることを切に願います。

 某編集者から「取材の鬼」と呼ばれる安田さんは、「え、そこまで……」というくらい奥へ奥へと潜り込む。その取材魂には、深く頭を垂れるしかない。

 二次会も盛り上がったが、いつものように酔うことはできなかった。人が人を食い物にする、21世紀に入ってなおここ日本で存在する、とても分かりやすいグロテスクな制度が「実習生、研修生制度」だ。これは哀しくなる現実である。

 この憂うつな問題に、何年も正面から向き合っている安田さんは、やはりノホホンとはしていたけれど、しかし時にきびきびと鋭い言葉を放ちもする。

 彼の話を聞きながら、ある文章を思い出していた。マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』の中に、下記のような記述がある。すっごい格好いいなぁと思っているので、ちょっと引用したい。
 
「(前略)ジャーナリストの生活はどこから見ても冒険そのもので、しかも彼はその特殊な条件の下で、おそらく他の境遇ではほとんど経験しえないような仕方で、その内的確信をテストされる。

 ジャーナリストの生活を続けていくうちに何度かなめる苦い経験――そんなものは恐らく最悪の事態でも何でもない。

 成功した曉にこそジャーナリストには特別に困難な内的要求が課せられる。世間の有力者のサロンで、一見対等に、しばし皆からちやほやされて(というのは恐れられているからだが)交際するということ、しかも自分がドアの外に出た途端に、おそらく主人はお客の前で「新聞ゴロ」との交際について弁解これ努めるに違いない、と分かっていながら、なおかつ連中と付き合うというのは、それこそ生やさしいことではない。

(中略)

 人間的に崩れてしまった下らぬジャーナリストがたくさんいても驚くに当たらない。驚くべきはむしろそれにもかかわらず、この人たちの間に、立派で本当に純粋な人が――局外者には容易に想像できないほど――たくさんいるという事実の方である」

 ここに書かれる「ジャーナリスト」は、これは私にとっての憧れであって、とっても遠い存在である。人間的に崩れてしまったジャーナリストが存在しておかしくないし、そういう意味でネット世界での「マスゴミ批判」は正しいかもしれない。しかし、まさに「驚くべき」ことに、今の時代にも「ジャーナリスト」は存在するのである。それもゴロゴロと。

 そのジャーナリストの一人である安田さんは、硬軟をきちんと使い分け、重い問題に「それでもなお」切りこんでいってます。私は、改めて感じ入った次第でありました。

 

プロフィール

小野登志郎

Author:小野登志郎
職業 ノンフィクション・ライター。ハードボイルドに疲れてきた三十路後半男。枯れていくばかりの人生を楽しむことにします。

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