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第三回目も盛り上がりました。

 第三回目の「フォーラム・現代東アジア研究」、とても有意義な会だった。「世界史の中における中国」を、講師の丸川哲史さんに、社会、歴史哲学的にお話していただいた。「半年分の講義を、一時間半で話した」と仰るように、私の頭はパンク寸前だったけど、「北京・コンセンサス」「五・四運動」などなど、現代中国を語る上で重要なキーワードを、優しく教えていただいた。本当に有難い。

 二次会も盛り上がった。北京に留学中の女子大生Yさんが連れてきた、インドネシア出身でこれまた北京留学中、その時は日本旅行中の美人女子大生二人(相当なお嬢さんたちで、たぶん出席者の中で一番お金持ち)も参加して、歌舞伎町の北京料理を食べて、飲んだ。

 その場で「中国にもインドネシアにもない日本の場所は?」との問いに、三十路連中が四苦八苦して答えている姿が面白かった。「高円寺」とか答えたりして、無理やり日本のハイブロウさを強調しようとしていたが、かなりすべっていたと思う。

 日本の人口の二倍あるインドネシアの経済成長も凄まじいと聞く。中国だけじゃなく、インドネシアにもGDPが追い抜かれるなんて予測を出している評論家もいるが、母国語だけでなく、英語と中国語を駆使しながら日本語は喋れない二人のお嬢さん大学生を見ていると、やはり日本は置いてかれている印象を持つ。好むと好まざると関係なく、アジアにおける中華圏の影響力は、今後とも日本の脅威となるだろう。

 しかし、美人だった。南国のしなやかさを、訓練された身体と服装で包み込む、まことにエレガントな女子大生たちだった。ホテルまで「同伴」して、エレベーターのボタンまで押してやった事務局福田氏が戻ってきて、一言「ふぅ……」と満足げに吐息をついたが、アホだけど、気持ちは分かる。

 ともかく、良い会だった。

  
 
 



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ある中国女の転落。

 2009年7月の夜のことだ。都内のある閑静な住宅街の住居に押し入った二人組の中国人が、老夫婦を粘着テープで縛りあげ、そして脅す。

「カードの暗証番号を教えろ」

 老夫婦は頑なにその回答を拒んだ。業を煮やした中国人の二人組は、いきなり夫を掴むと持っていた包丁で顔を刺し、さらには妻にまで刃を突き刺した。肉体的にも精神的にも追い込まれ、お互いの安否を気遣った老夫婦は、二人組に番号を教えることになる。
 その額、320万円。その金の一部である60万円は、日本の銀行をメインバンクにし、中国人やアジア人がよく使うM銀行を経由して、即座に中国の東北部山東省の口座に送金された。

 この実行犯の男二人に協力していたのが、20代中頃の中国人の女Rである。女は、二人の男を引き合わせ、犯行現場の側で見張り役を務めていた。

「ワタシ、ウンチだから、歌は唄いません」

 真面目に中華料理屋で働いていたRを、私は来日当初から知っていた。一緒にカラオケスナックに行き彼女にマイクを進めると、彼女は音痴をウンチと言い間違いながら、頑なに歌うことを拒んだ。何度か勧めることで、やっとマイクを持った彼女は、生まれて初めてカラオケで中国の歌を唄った。彼女と週刊誌記者が二人して笑いながら唄うこの時の写真を、今も持っている。

「実家に戻るので、成田空港に行くのに電車とバス、どちらが安いですか?」

 日本語学校の学習ドリルを片手に聞く彼女のどこに、強盗傷害の共犯となる萌芽があったのか。身長168センチ、細長い奇麗な足に小さな顔、中国の田舎の美人と言えた彼女のそのはにかんだ笑顔からは、凶悪な強盗傷害の共犯にまで転落していくことは、まったく想像できない変化だった。

 Rは二年前まで新宿歌舞伎町にある中華料理店で働いていたのだが、後に強盗として押し入る二人組の一人の男と、中国山東省にいる時から付き合っていた。そして来日後、めでたく結婚することになる。しかし、電気工として働く男の度重なる暴力が原因で、一年後に離婚する。が、同棲は続けていた。その後、就労ビザが切れた男が中国に帰ることになり、その孤独に耐えかねたのか、二人はある手段を考え付く。偽装結婚である。

 Rは働いていた中華料理屋の店長Aに相談し、偽装結婚のブローカーの中国人女、Kを紹介される。Kは当時歌舞伎町でキャッチをしていて、中華料理屋の客だった。後に鶯谷のデブ専デリヘルとして「M」に勤めている。デリヘル時代の後輩である40代の日本人、Sは独身だった。Kが声をかける。

「少し戸籍を貸してくれれば、いい話があるよ」

 25万円をもらったこの日本人女は、Rが同棲していた男の偽装結婚の相手となり、二人の偽の住まいは千葉に置くことになった。ブローカーであるKが受け取った金はおそらく百万円を超えるだろう。支払い能力の無い男に変わり、金を工面したR。この金が、今まで真面目に働いていた彼女の人生を大きく狂わすことになる。

 多額の借金を背負った結果、Rは、給料の安い中華料理屋を辞め中国人クラブホステスになり、その後ほどなくして池袋の風俗エステ「M」の店員へとその身をやつしていった。そして中華料理屋を辞めた約一年後に、強盗傷害事件を引き起こすのである。

 彼女をよく知るある中国人は言う。

「日本に来たばかりの時は、真面目に日本語の勉強をしており、その変貌ぶりに心底驚きました」

 強盗傷害の現場となったマンションには、偽装結婚のブローカーであるKが住んでいた。彼女は、月末に被害者であり最上階に住んでいる大家に家賃が全て集められると知っており、Kが実行犯である二人の中国人にオートロックの暗証番号を教えていた。そしてKは、事件直後の7月29日に新宿に引っ越している。捜査員が踏み込んだ時、Kの部屋からは大麻も出てきた。一緒に住んでいたOというホストが持っていたという。Oは大麻を捨て逃走を図ったが、部屋の裏側も捜査員は張っておりあえ無く逮捕される。前日も二人は大麻を吸っていたと見られる。

 奪った320万円の内、Kの報酬は60万円で、いくばくかの金がRの学費にあてられていた。実行犯の一人は、既に中国に帰国していた。犯行直後の8月、名古屋入国管理局に自ら出頭し、不法残留として強制退去になっていた。全て計画通りである。

 しかし、この目論見はあえなく瓦解することになる。捜査に携わった都内の国際犯罪を取り締まる組織犯罪対策部二課のある刑事は言う。

「端緒は防犯ビデオ。駅からマンションまでの防犯ビデオをたどっていて割れた。その捜査の過程で偽装結婚やマネロンがでてきた。ふつうはこれに銃がつくが、今回は大麻だった。中国に逃亡した男は、ICPOを通じて代理処罰を頼む。被害額は320万円だが、結局は制限がかかって60万円しか送れなかった。通常、犯罪事実を立件したあとにマネロンを立件するが、今回は同時にやった。これは全国初だ」
 
 2010年6月、Rらは逮捕され、警視庁の捜査員たちが凱歌を上げることになる。

「Rが店で働いていた時にアンタが一発ヤッてたら、彼女はあんな事にならなかったのに」

 事件の後、Rを良く知る中国人に冗談を言われた。

 元々のRが、真面目で優しく、少しおっちょこちょいの女だったことは、言い切ることができる。何がその彼女をここまで変貌させたのか、今も時折考え込む。

 Rは強盗傷害の共同正犯として起訴された。ただただ泣きながら取り調べに応じていると聞いた。おそらく懲役8年前後の実刑判決を受けることになるだろう。

 Rの20代は、日本の刑務所で終えることになった。

風邪をひいてしまった。

 寒風吹きすさぶ年末年始もなんのその、おりゃおりゃおりゃと取材、執筆、取材、取材と動き回っていたのだが、ついに風邪をひいてしまった。20代までは根性で直すものとばかり思っていた風邪クン。そんな風邪をひいてもおりゃおりゃと行きたいところだが、最近はオトナになったので、早めの回復を企図すべく、今日は一日休んで布団の中に潜り込んでいた。

 ゆっくり布団の中で潜り込んでいたかったのだが、そういう時に限って、おりゃおりゃおりゃと取材先から面白い情報がもたらされてくる。風邪をひいているのだから仕方ないのだが、布団の中でゴホゴホ言いながら、携帯電話の先からもたらされる貴重なお話しを拝聴していた。

 布団取材ライターも悪くない、とかなんとか思ってのんびりしていると、蒲団だけじゃなく仕事も干されかねないので、明日からまたおりゃおりゃと外に出てかけずり回ろうと思っている。

 皆さまも風邪には気をつけてと書きたいところだが、どんなに気をつけても風邪はひいてしまうものなんじゃないのか、と思う昨今でありまする。

 

 




第三回「フォーラム・現代東アジア研究」告知

 1月29日(土)17時より、第3回「フォーラム・現代東アジア研究」を開催いたします。前回に引き続き、明治大学准教授の丸川哲史さんのお話となります。

 テーマは「世界史における現代中国の位置」。

 様々な矛盾を抱えつつ、新たな超大国として浮上した中国。では中国とは一体何なのか、世界史という視点から中国を捉えようというものです。

 参加希望の方は、私のメールにその旨お送りいただければと思います。

 

新宿歌舞伎町と中国上海。

 ある上海女の歌舞伎町物語。
 
 2002年9月、新宿歌舞伎町の風林会館内にある喫茶店「パリジェンヌ」にて、住吉会系の組員が殺傷された。ヒットマンは中国人。勢力を伸ばしてきた中国人マフィアと日本のヤクザの抗争である。
 住吉会の反撃は凄まじく、当時歌舞伎町で勢力を誇示していた福建省や東北地方、上海の中国人マフィアたちは撤退を余儀なくされる。この裏社会の激動に警察も、歌舞伎町からの不良中国人の一掃を企図。かなりの数の中国人が、さながら民族大移動のごとく駆逐されていった。

 その最中、上海出身の女、燕容明は、2003年1月、風営法違反の疑いで突然逮捕される。歌舞伎町で中国人クラブを経営していた燕は、街の激動の余波をもろに受けたのだ。

「新宿署の刑事さんとも関係を作っていたのに、何故? 本当に、いきなりでした」

 いつもなら捜査情報を教えてくれるはずの刑事やマスコミがいない。クラブに土足で乗り込んでくる捜査員たち。彼女たちは、ただ呆然とするしかなかった。

「店の本当のオーナーは上海に帰っていた私の女友達で、実質的に経営していたのが私でした。法律的に問題はないにも関わらず、偽装していたと無理やり口実を作られてしまったのです」

 燕容明は、1980年代後半、23歳の時に学生ビザで渡日してきた。右も左も分からないまま東京の街を歩いている時に、歌舞伎町の中国人クラブに拾われ、言われるがままそこで働き始めることになる。
 燕はその容姿が優れていた上に教養もあった。彼女の両親は上海の中国共産党の幹部で、厳格な教育を施されていた。

「中学生の頃から、マルクスや毛沢東の本ばかり読まされていて、テレビや漫画などは絶対に見させてくれなかった。その反動からだと思う。23歳の時に働いていた上海での仕事を辞め、日本に来たのです」

 才色兼備で誠実な燕の周りには、多くの日本人客が集まった。彼女は渡日から5年後、店の実質的店長を任される。燕はその最中、一人の日本人から求婚される。金目当ての偽装結婚の申し出である。「あくまでも人助けと思って」日本人の男の申し出を引き受け、100万円を払い結婚した。「婚姻ビザ」が有ると無いでは、違いは大きかった。

「歌舞伎町ドリームを手に入れたと思っていました。店はいつもお客さんでいっぱいで、女の子たちも給料に困らず、大学を卒業して大企業に就職した人もいた。私は、稼いだ資金を元手に新たな事業を立ち上げようとしていました」

 しかし、燕の歌舞伎町での成功は、突然幕を閉じることになる。表情の乏しい女性警察官に両脇を固められ、裸の取り調べを受けた後に留置所へ。その後移送された拘置所で彼女は泣き暮らすことになる。

「お前が汚い売春婦で、中国人マフィアと付き合っていたことはわかっているんだ。覚せい剤にも手を出していたんだろう。偽装結婚の相手とは月何回セックスしていたんだ。ええ」

 身に覚えのない罪をでっち上げる検察官。

「中国の警察が酷いということは知っていました。日本の警察は正義だと思っていました。でも同じですね。裁判中、私の話を聞く人は誰もいませんでした。口を開けてただ呆然とするほかありませんでした。」

 警察は不良中国人の締め出しのため、彼女の言い分を全く考慮に入れなかった。弁護士も「これはもう、きまっているから下手に抵抗しない方がいい。罪を認めて、早く外に出て国に帰った方がいい」と言う。燕は誰も信用することができなくなった。

 しかし、燕は拘置所内で様々な女犯罪者と出会うことで、元気を取り戻していく。

「ヤクザの女で、毎日パンツの色を取り換える人がいて、覚せい剤で捕まったみたい。看守に『この色嫌、今日は赤がいい』って、差し入れされたパンティーを看守に持ってこさせたりして、まるで看守は彼女のお手伝いさんみたい。そうかと思えば78歳のおばあちゃんもいて、何やったのかと聞くと、それがなんと売春。その年でやるのかって。それに客もちゃんといるのか、と驚いて。こんな話を聞いてると、なんだかだんだんどうでもよくなってきちゃった」

 中国上海のお嬢様出身の燕を強くしたのは、日本の拘置所の極道の女たちだった。彼女が、その三カ月余りの拘置所暮らしで得たものは他にもあった。他の女未決囚が何気なく見ていた一冊の株の本を手に取った。

「これだ、と思いましたね。これから私は上海に強制送還されるだろう。昔と今では上海はだいぶ違う。第二の故郷だった歌舞伎町から追い出されて、両親も死に、私には誰も頼れる人はいない。自分で生きる道を探さなくてはならなかった」

 拘置所で経済・株関連の書物を読みあさる燕。彼女は拘置所内から、経済や株に詳しい学者、専門家に手紙を出すなどして必死に勉強した。

 そして判決の日。彼女は懲役2年、執行猶予5年の国外追放処分となる。

 入管職員に航空機に乗せられる燕は、慣れ親しんだ日本に別れを告げ、座席に着く。涙は出たが、出戻りの地、上海での武器は持っていた。

「株で当ててやる」

 2000年代に入り成長著しい上海。株価は一年で二倍、三倍に跳ね上がっていた。燕容明は上海で、親類縁者知人たちに白い目で見られた。そんな中、一人自室に籠りパソコンを前に、株価の乱高下に集中する。株価はぐんぐん上がり、彼女は儲けを得ていく。早い段階で損切りをし、儲かった金でマンションを購入。そして人に貸した。マンションの価格も面白いように上がった。彼女は幸運だった。上海バブル長者の先駆けという風に乗ることができたのである。
 そして、順調に儲けを得ていく燕の前に、上海人の女、黄甘端が現れる。燕と同じ時期、歌舞伎町で商売をしていた女だ。彼女も街を追い出され、上海に戻っていた。

「お願い。手を貸して欲しい」

 黄は、上海のある4星ホテルで日本人駐在員を相手にするクラブを開いていた。もちろん売春クラブである。中国では、表向き売春は違法であり、その罪はひどく重い。しかし、いたるところに売春宿はあり、もっとも高級なその一つは、ホテルの中で堂々と営業しているのである。もちろん、中国共産党の幹部と話を付けているからできることだ。

「中国でのヤクザ、マフィアは中国共産党。彼らににらまれた何もできないけど、彼らを手なづけると何でもできる」

 共産党員に拠出する賄賂とクラブの資金繰りに困った黄は、燕に資金提供と彼女の経営手腕を頼ってきたのだ。余裕が出てきた燕は、黄の申し出を快く引き受け、日本の警察にやられたことを教訓に、上海の中国共産党員を手なづけていく。

「やつらは汚い。その中でも一番汚い奴をまずは手なづけます」

 金と女を持つ燕と黄の周りに群がってくる共産党員と日本の商社駐在員。燕の手腕で共産党員との関係を強化した黄は、年に4回日本の温泉地に出向き、療養をしながら日本各地のクラブ、スナックを周り、中国人ホステスの斡旋を繰り返している。その中に、上海の共産党幹部も時に同行する。日本の繁華街は、いまだ中国の女を必要としていた。

 2010年で44歳になった燕は、今や、数千万円のマンションを12ヵ所も所有し、運用する資金は4億円ほどの女トレーダーに成長していた。上海でも知る人ぞ知る女ディーラー燕の表の顔は、先述した4星ホテルの日本料理屋のしがないオーナーである。しかし、彼女のその店のロゴ「KBUKIMATI」が、スピードカーレースF3の広告として貼られていることを知る人間は少ない。この小さな広告ステッカーは、成功した燕容明の勝利宣言でもあった。

「今はお金がたくさんある。中国は汚い。共産党員も汚い。日本に帰りたい。歌舞伎町もよかった。私は日本が好きです」

 富豪となった彼女が、儲けの少ない日本料理屋の店長として働くのは、原点を忘れない為だという。その潤沢な資金を、自分を育ててくれた街、歌舞伎町に投資する日が、いずれ来るのではないだろうか。

日本で働く中国系仏人の元カレの友人の元カノ。

 昨夜は看護師を目指すキックボクサー「NIIZUMAX!」さんと会食。一年間に二度も交通事故に遭い、死にかけた時に看護師を目指そうと思ったらしい。キックボクサーと看護師、気は優しくて力持ち、ということかな。

 そのNIIZUMAX!さんが連れてきたのが、日本の外資系証券会社で働く、中国四川省で生まれパリ育ちでフランス国籍を持つエリート中国系フランス人C女史。日本語、中国語、フランス語、英語を自在に喋る彼女が、「元カレの友人の元カノがさぁ」などと言うので、頭がこんがらがる。「だからそれ、誰だよ!」と突っ込みを入れながら、事実婚と偽装結婚の違いで盛り上がった。

 NIIZUMAX!さんも、中国山東省の超田舎で中国の格闘技「散打」の「世界大会」に日本代表として出場し、なぜかイギリス代表とタッグを組んで(日英同盟かな)、中国人と試合したこともあるらしい。何だかごちゃごちゃしててよく分からない世界だけど、このゴチャゴチャ感、嫌いじゃないですね。

 来月は上海に行く予定。中国内陸部からフランス・パリへ、そして今東京で次はロシアかな、なんて言ってるC女史に負けないよう、私も飛び回っていきたい。

新年会とサンドイッチマン。

 一昨日は新年会主催。一日前にふと思いたって仲間連中に集合してもらったのだが、結局午後5時半から午前5時までのマラソン飲み会になってしまった。最後は、ホストクラブ系列が運営する会員制バーに行ったのだが、店員じゃない常連客のうら若き女子たちが、我々三十路グループを楽しませてくれて有難かった。また週刊誌記者F氏が、ホストなのか関東●合なのか分からない連中に、マイクを持たされオモチャにされていたのがさらに良かった。
 
 そして昨日はお笑いコンビ「サンドイッチマン」の単独ライブへ。美人映像プロデューサーK女史に誘われて、のこのこ付いていったのだが、さすが人気芸人、満員の会場のそこかしこに芸能人たちの姿が。「華やかだなぁ」佇みしみじみ思う。ライブも、正直途中、ほんのちょっと中だるみがあったが、彼らのチンピラ芸に、Mー1優勝以前からハマっていた私にとっては大満笑の連続だった。ライブ後、K女史に楽屋裏に連れて行ってもらい、マネージャーさんに「ファンです。サンドイッチマンさんへ」と自著『龍宮城』を手渡したのだが、彼らのコントに中国人マフィアが登場することもそう遠くないことと勝手に確信する。

 それはともかく、前へ前へ。超低空飛行かもしれないが、未だ、撃墜されていないウツテナシなのでした。 




仲間の為に仲間を殺す仲間たち。

 ヤクザやマフィアといった人々は、基本的に裏切りを許さない。一般人でも裏切られたら、はい、それまでよ、だけど、ヤクザやマフィアといった人たちは、裏切り者に私的な制裁を加える場合がある。昔からあったことだが、この制裁が、時に死にいたる場合がある。こういったリンチ死事件は、ヤクザやマフィアにとって、ほとんど不可避の出来事であるかのようだ。

 彼らは時に法を破るのだが、その先には掟というものがあり、それを破ることの罰の一つとして死の制裁というものがある。これは仲間の紐帯を守るためのに仲間だった者を仲間が殺すということで、とても恐ろしい行為である。しかし、この恐ろしいことがあるからこそ、彼らの強さは保証される。原理的な意味で、そして現象的にもこの死の制裁が無ければ、ヤクザやマフィアといった存在は、成り立たないものなのだ。

 彼らを野蛮だな、と考える向きもあるだろう。だけれども、死の制裁を行っているのは実は法治国家である我が国も同じであり、法による死刑判決はそれに当たる。硬軟はあれど、法も掟も、原理的には同じことを行っているのである。国家も組も、この死の制裁がなければ成り立たない共同体というわけだ。

 死刑を廃止した国は数あれど、我が国は未だ原理的な意味で、ヤクザやマフィアと変わらない死の制裁を行使することによって維持されている共同体である。法と掟という世界があって、その大きな違いが、死の制裁の有無となる日が来るのだろうか。取材先で見聞きする、ヤクザやマフィアのリンチ死事件のたびに、思うことの一つである。
 
 

東アジアのミリタリーバランス。

 東アジアのミリタリーバランスについて詳しい御方を「フォーラム・現代東アジア研究」の講師にお呼びしたいと思っている。が、なんというか、この領域については、なかなか自分の人脈にいない、ということに気がついた。左派系の人間は、「中国の空母の性能は、うんたらかんたら」などといった話をあんまりしないし、そもそも軍事力を持つこと自体に反対という人々もいるわけで、それは当然のことなのかもしれない。

 実は私は、元ミリタリーマニアであったりするわけで、第二次世界大戦はもちろん中東戦争くらいまでの戦史や兵器について、やたら詳しかったりする。その後の戦史や兵器は、機械化、コンピューター化が進み過ぎて、何か人間がいなくなったような気分がしたので、追っかけるのを辞めたように思う。

 軍事というものを考えることは、私は悪いことだとは思わない。もちろん軍事というものを考えなくて良い世の中になったら良いとは思うけれど。

 だけど、やたらめったら中国軍の脅威を吹聴する評論家にはウンザリする。ある中国の国会議員は酔っぱらって「中国解放軍は弱いよ。ミサイルもまっすぐ飛ばないから当たらない」などとつい「本音」を言っていたが、平和ボケしているのはどこの軍隊も一緒。日本だけが実戦体験がないとかなんとか言ってるけど、少し調べれば分かるけど、現在の日本の「軍隊」はとっても強い。道端の愛国主義者たちに言われなくても、日本の「軍人」さんはめちゃくちゃ鍛えられています。

 とはいえ、東アジアの軍拡競争は今後激しさを増す恐れが高い。実質的、圧倒的に海を支配してきた日米韓プラス台湾と、それに対抗する中国、ロシア、北朝鮮の分断ラインは、この東アジアのミリタリーバランスの分析なくして分かりえないのもまた事実だ。

 中学時代の私だったら「中国の空母ってこんな性能してるんだぁ。すげぇ」とかなってしまったと思うが、そうならないよう、きちんとした講師をお呼びしたい。仙石ダイジンじゃないけれど、やっぱり「暴力装置」のことを考えることは、必要不可欠だ。





重いテーマ。

 昨日夕方、ジャーナリストの安田浩一氏とお茶。最底辺で働く外国人労働者問題や在特会の話などする。バリバリ硬派なテーマを取材しているのに、どちらかというとユルユルな(良い意味で!)雰囲気を持つお兄さん。良い先輩ができたことを喜ぶも「で、小野さんは、革マル派なの?」……。「……いいですよ、もう、それで」と答える。

 その後ふらふらと店を梯子しながら飲み歩いていると、今度は亀井洋志さんとばったり。「亀田大毅なら、4ヶ月間トレーニングを積めば、勝てる」などと言う元ボクサーの社会派ジャーナリスト。今年のテーマは、と聞くとズバリ「ヤクザと人権」。山口組に対する頂上作戦が進行中の昨今だが、強引な逮捕、起訴、そして結局公判維持できず無罪となるケース続出の状況下「ヤクザなら何をしても良い、という風潮にモノ申す」とのこと。私も協力して近々勉強会を開くことを約束(でも亀井氏、かなり酔っぱらっていたので覚えているか不安)。

 狭いお店でトイレを出たところで「ふぅ~」と油断したらエアコンにおでこをぶつけ、ちょっとだけたんこぶができた。赤く滲んだたんこぶ君をさすりながら、さらに重くなるだろう各テーマを想う。
 

2011年、明けましておめでとう、であります。

 年末年始は某週刊誌編集者S君と一緒に、あちこちを歩き回っていた。最後はよく分からない宴会に巻き込まれ、午前4時半にやっと帰途についた。S君が初夢ならぬ初恋のようにある女の子を口説いている姿が、とても良かった。

 客観情勢はあまり良くないが、個人的には気力は充実していると思う。今年もバリバリやっていくゾー、と思っている。
 
 皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします!

プロフィール

小野登志郎

Author:小野登志郎
職業 ノンフィクション・ライター。ハードボイルドに疲れてきた三十路後半男。枯れていくばかりの人生を楽しむことにします。

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