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中間的共同体の再構築

 突然ですが、内田樹センセイのお言葉を紹介したい。

「人間の社会的能力は「自分が強者として特権を享受するため」に利己的に開発し利用するものではなく、「異邦人、寡婦、孤児をわが幕屋のうちに招き入れるために」、その成果をひとびとと分かち合うために天から賦与されたものだ。
 そう考えることのできる人間たちによって、もう一度破壊された「中間的共同体」を再構築すること。
「喜び」は分かち合うことによって倍加し、「痛み」は分かち合うことによって癒される。
 そういう素朴な人間的知見を、もう一度「常識」に再登録すること。
 それが、迂遠だけれど、私たちが将来に「希望」をつなげることのできるいちばんたしかな道だろうと私は思う」(『内田樹の研究室』 2005年3月21日)

『希望格差社会』(山田昌弘 筑摩書房)に対する書評中での言葉だが、おかしな事件が頻発する昨今、このような「中間的共同体」「部分社会」再興の要は、日増しに高まっていると思う。

 内田センセイは、『岡田昇の研究室』でのトラックバックに、「中間的共同体」に関して以下のように続ける。

「「中間的共同体」としてどういうものが適切なのかということは久しく私の念頭を去らない宿題です。

 個人的に「好きだなあ、こういうの」というのはカート・ヴォネガット描くところの「拡大家族」(これはホントにステキです)とジョン・ウォーターズの「ドリームランダーズ」です。

 私自身はとりあえず「道場」を開放系の疑似家族的というかたちで構築することにただいまは努力を傾注しております。

 道場では師範(私なんです)がすべてを決定する専制君主なのですが、同時に「ぞうきんがけ」も私の仕事で、弟子たちは「重たいもの」を運ばせたり、「ちょっとお金出しといてね」というときには躊躇せずに「先生!おねがひ」で済ませる用意ができているようです。

「メンバーシップを自由選択できるゲマインシャフト」というのがさしあたり私が構想できる「すみよい中間共同体」です」(『岡田昇の研究室』「中間共同体の再構築を!その2」)
 
 こんな風にネット内の言葉を引用しまくっていいのか、リテラシーのない私はわかっていないのだが、センセイ方は大人だから、許していただけると信じます。

 さて、これらの言葉は、以前紹介した大窪一志氏の『新しい中世』に通じるわけだが、「メンバーシップを自由選択できるゲマインシャフト」という考え方は、個人的にとても共感できる。おそらくこれがないと、あらゆる組織や党派が陥った轍を踏むことになるだろうし、たぶん、もはやこれを欠いたものは物理的に作れない。日本社会に強固に根付いている「暴力団」も、その出入りが激しくなり、相対的に(あくまでも)鉄の掟が融解していく中(でも無くならないのはある意味凄い)、いくら「新しい中世」になろうとも、一度知った蜜の味「個性」幻想、個人の自由が、そう簡単になくなるとは思えないし、無くさないほうが、ファシストを増やさないためにもやはり都合がよい。100%自己を依存させてしまう「中間共同体」が生まれたりしたら、それはそれで、とっても迷惑極まりない。

 内田センセイが自らの「道場」を、そのような中間的共同体再構築の実験(?)の場として、今現在、どこまで成功しておられるのか私は知らないが、このような試みを、斜に構えてせせら笑うことは私にはできない。「迂遠」かもしれないし、失敗、錯誤だらけかもしれないが、やはり、人と人との息遣いや匂い、身体感覚が全くないところで「共同体」は生まれないのであり、インターネットなどの新しいテクノロジー、ツールは、この「中間的共同体再構築」の試みを強力に補完するものであっても、「ネット社会」「ネットの共同性」などといった、テクノロジーがそのまま「中間的共同体」になるという考え方は、やはり、妄想だと私は思う。 

 ローカルの身体感覚を喪失した、一部のポストモダン左派やネットウヨ(ソンナノカンケイネェハも含む)と呼ばれる人々は、今のところ、新しい中間的共同体の試みに接続することができないだろう。また、作っている人々も、受け入れる力量を十分に保持しているとは思えない。  

 ホントにキビシイ人々には、残念ながらというか、やっぱりというか、社会的強者の「ノブレス・オブリージュ」が最大の効果を発揮するんだろうけど、ホリエモンを見ていると、あまりそれも期待できないような気がする。暴発する加藤モドキは、ただ、暴発する時をもってしか、制圧することができないのが現況だろう。

「新しい中世」における「中間的共同体再構築」の試みは、その「言葉」や「理念」よりも、その個人の質的な意味での身体性のレベルにおける強度が力を持つだろう。内田センセイが、合気道の師範であり、その肉体的な強さというよりも、その精神性において、ある種のオーラを持ち、それが言葉に再度力を与えていることは容易に推測しうる。ヨイヨイのおっちゃんが、どれほどいいことを言っても、とてもじゃないけど、届かない。

 余談(というか蛇足)だが、肉体的な意味でいえば、『OUTSIDER』の前田日明は、やはり馬鹿にはできないんじゃなかろうか。激烈に暴発する男性性の暴力に対して、たとえ緊急避難とはいえ、前田的マチスモが、有効打を放ち得ているといういうのは、あまりに楽観的にすぎようか。ただ、自分にはできないという意味で、そしてまた、緊急避難の場でさえ創出できていないといった意味で、これまた斜に構えることはできないのである。

 ジェンダー、フェミニズムに対して一定の結論を述べることのできる内田センセイとは違い(これはウ~ムなんだけど)、男性性神話解体の学問である「男性学」が、私の個人的な期待のわりに伸び悩んでいる現況(どうなのか、そこまでは知らないけど)を見るにつけ、マチスモの強化と、マチスモの解体という、分裂状態に陥ってしまうのは、避けたいと思いつつも、嵌まり込んでいるような気がしてしまう昨今ではありまする……。



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未だ解決しない西新宿殺人事件の怪

 以前書いた西新宿の殺人事件の件だが、未だに犯人が一人も捕まっていない。早くから犯人グループの目星はついており、逮捕は時間の問題といわれていたのにも関わらず、表面的には、事態は全く進展していないかのように見える。警察当局は、いったいなにをしているのだろうか?

 2ヶ月ほど前に聞いた話によると、「現在は、公判維持のための証拠集めの段階」とのことだった。別の筋からは、「犯行グループと当局は、水面下で交渉をしている」との話もあり、それも以前書いたとおりである。しかし、「逮捕」の動きは未だにない。

 これは推測であるが、逃げられてしまった……、と言うことかもしれない。そうだとしたら、大失態であり、ちょっと考えられない事態である。犯行に加わった加害者は、十数人にのぼるといわれる。当局は、一網打尽を狙いすぎたか……。

 そして気がかりなのが、被害者グループの「返し」である。被害者は、東京の愚連体「関東連合」の顔的存在であったし、それなりに裏の社会にも通じていた。ある警察関係者は「関東連合は、ヤクザではなく、ガキの集団に過ぎないから、ヤクザ相手に『返し』を行うことなんかできない」と断言していたが、私も、その通りではあろうと思ったが、しかし、ここまで「逮捕」が遅れると、「不測の事態」が起こることもじゅうぶん考えられる。彼らも、この事件で相当の面子を失った。突発的にハネてしまう人間がゴロゴロいるのもまた事実なのである。

 あるいは、あえて泳がしたか……。とっぴに思うかもしれないが、私が、こう考えるにも理由がある。

 新左翼過激派間の内ゲバが激しかった頃、殺人事件がおきても、当局は、明らかに犯人を泳がせ、争いを激化させてきたという歴史がある。更には、それを煽っていたという歴史がある。「過激派同士の殺し合いなんてほっとけ。ゴミが減るだけで都合がいい」という考え方である。それはヤクザに対しても同じで、たとえば「山口組の分裂を仕掛け、大抗争に発展させたのは大阪府警」と言うのと同じく、組織の壊滅のために、小さな事件を利用する。意にそぐわない組織やグループを壊滅させるためのこの手段は、古今東西問わず、国家権力が行ってきた常套手段と考えたほうがいい。

 考えすぎだろうし、私はあまり「謀略史観」は嫌いなので(だって分からないことで、話がゴチャゴチャになっても意味がないから)、これ以上は、自粛しようと思うが、やはり不可解ではある。

 ヤクザと一般人の境目が不明確になった昨今、その象徴、あだ花ともいえる暴走族と暴力団の間の組織「関東連合」の存在は、戦後日本のアウトロー史において、時代の節目を彩る可能性がある。「やはりヤクザに吸収された」としきりに噂されているが、だいぶ前に私が取材したことのある頭目のひとりは、未だにヤクザ組織に入っていない。(あくまでも)私の中では、その頭目が「未組織」であるまでは、愚連隊として今も存在していると考えているのだが……。








アイデンティティ喪失型殺人?

 また起きてしまった……。

「「誰でも良かった」…スーパー店員刺した男逮捕

 スーパーで女性(53)の胸をバタフライナイフで刺したとして、警視庁青梅署は26日、殺人未遂などの疑いで、東京都青梅市河辺町、シロアリ駆除会社社員、大越粒巧容疑者(22)を逮捕した。大越容疑者は「普段から社長に仕事で文句を言われ、(犯行を起こして)恥をかかせてやろうと思った」と供述。女性とは面識がなく、「誰でもいいから殺そうと思った」と話しているという。

 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080726/crm0807261246011-n1.htm」

 様々な識者が見解を述べまくっているのに、私なんぞが何を書いても意味なんてないから、まあそういうことなんで勝手に書いてみたい。

「誰でもよかった」「自爆」型無差別殺人事件は、やはり、自分の未来の展望を喪失していることから起こっているんだろう。仕事がうまくいかなった、人間関係がうまくいかないなどなど、ちょっとしたことで暴発するのは昔からあったことだが、今のそれは、なんでかねぇ度が高いようには見える。

 経済状況の悪化、格差社会の進行などからこれら事件を結びつけるのは左派だけど、私もその要因をだいたいにおいて支持はするが、しかし、それだけではないだろうとも思う。やはり、個人のアイデンティティ不安が、経済環境だけでない、新しい時代の精神についてこれないが故に増幅されているように思える。

 なんでまたそんなに不安なのかねぇ、と言われても、そりゃ地殻変動が早すぎるし激しすぎるから仕方がない。その変動を知覚できない鈍感な人は、結果としてセーフになるけど(でもこれがまたウザイ)、知覚はできるけど、適応できないって人は、アウトになってしまう。そんな気がしますね。

 不幸なことだけど、この崩落状況は今に始まったわけではなく、今は次々に現出してくる時期であると思う。対応として、今後いや増しに法律の厳罰化は進行するだろうし(前から不安だけあって、厳罰化は進んでいたんだけど)、ヒステリックな言説が、そのまますんなり受容される環境は今後ますます醸成されていくことだろう。要は、アウトになる個人に、その責の全てをおっ被せて、ハイ、安心しましょう、ということになるだろうけど、それじゃ、やっぱり安心できないし、事件は減ることはない。事件を起こす環境を、進行させていくだけのような気がする。

 突飛だけど、いろんなヤクザや詐欺師といったアウトローたちを見ているが、そういう人たちは確かに、本当に「悪い」人たちです。しかし、こういった「悪い」ひとたちは、無差別型殺人を起こすわけでもなく、それどころか、このような時代に動物的に対応しているかのように見える。なんというかな、近代化されていない身体感覚を持っているというか、そんな人ほど、乱世的状況には適応しやすいのかなと、実感として感じるものがやはりある。「オレは模範的な日本人じゃい」とかいう、近代的な国民のアイデンティティを端からもっていない人たちは、今のアイデンティティの不安から、相対的に自由でいられるのかもしれない。

「動機は?」と聞かれて「認められたかったから」なんていう無差別型は、「誰に?」と聞かれて「カゾク」とか「スキナヒト」とか「トモダチ」とか「シャチョー」とかいろいろ言うだろうけど、要は、共同体の眼差しから疎外されていると感じているということだと思う。村落共同体が崩壊し、より大きな国民国家に包摂された共同体の一大フィクションから、見捨てられた感を持っているということで、「オレって、何?」みたいになっているんだろう。「オレ」なんて初めから、そして今後とも「無い」んだけど、在るように思わせてくれた共同体の不安定化とそれに伴う冷たさに対して、愚かにも「ガツ~ン!」とかましてしまっているのが、昨今の事件だと私は思う。

 こういったシステムの地殻変動に伴うアイデンティティ不安に関しては、本人たちの思惑や主義とは別に、結果として部分社会化している右派左派及び宗教団体が強力な安全弁になるとは思うけれど、今は、それも通用しなくなっているということの証左なのかもしれない。右派左派や宗教団体に魅力を感じない(入ることができない?)寸借ライターNが、自分の周りに、暴発一歩手前の人たちを自然と集めてしまっているところなどは、無意識の直感による彼の一種の倫理的行動なのかもしれないけれど、かといってNが寸借の帝王であることはまごうことなき事実なので、私は一切褒めたりはしないんだけど!
 
 客観的に正しいか間違っているかとは別に、事実として「見捨てられた感」を持っている人間たちは、今後もどんどん増えていくことだろう。そのお世話を、もはや近代の国民国家は物理的にできなくなってしまった時代に入っていると私は思う。最初から「見捨てられているんだよ、オイラは!」っていうアウトローの皆さんが、なぜかそれなりに元気になっている姿を見て(あるヤクザは心機一転、トラックの運ちゃんを始めた。シャブ中だったのに)、「主人と奴隷の関係」の再現をこの時代に見ることなる予感がちょっぴりしています。それは万人が幸せになる時代ではまったくないだろうけど、反面、過去数十年の間では考えられなかったほどの相互扶助の精神が必要とされるだろうし、その相互扶助の現場は、過去数十年になかった喜怒哀楽を享受することのできるものとなるに違いない、と断言することで、私は今日は安心したいと思ったりしました。






  




 

デラシネの妄想!?

 うっわぁぁ……。ぐでんぐでんに酔っ払って帰ってきた後、そのままの勢いで書いているもんで、とんでもない記事になっている。前回記事のことです。編集者のチェック無しのブログって奴は、アブナイ。アボナイ……。でも、いちおう残しておきます。

 来月に、台湾、中国とそれぞれ一週間ずつ行く予定で、かの地の歴史や現況を調べていくうちに、だいぶおかしくなっているのかしもしれない。昨日は、東京生まれ、東京育ちのカップルが、数々のクナンとやらを乗り越え、どうやら仲良く一緒になっていく方向ということを聞き、それはそれで良かったねぇ、なんて柄にもなく幸せな気分になろうとしたのが悪かった。土台無理だった。東京で育ち、東京で結婚、子供を生み、東京で死んでいく。なんか、村人同士の結婚やんけ! なんて、思っちゃったりして、悪い子です、ワタクシは。会社から毎月給料をもらい、その給料の中からいくばくの金を国に支払い、退職後は年金を支給され死ぬのを待つ。国家と資本の枠内において生涯をまっとうすることができる人たちが、近代の国民なのであって、そうじゃない人たちってのは、デラシネ=根無し草なんですね。日本じゃ国民の方が多いけど、中国や世界を見れば、デラシネの方が多いんだよね。行くことなんてできないに決まっているのに、「アメリカに行きたい、アメリカに行きたい、アメリカに……」って呪文のように言う、多くの中国クラブの女子たちの不幸のほうが、私には似合っているんですよ。

 ちょっと、その中国の女子と一緒に、彼女らが夢見るアメリカって奴を見てこようと思っている。どこにもないんだろうけど、「約束の地」を追い求めざるを得ない彼女らは、適当なところで手を打って、生涯をまっとうすることが物理的にできないわけで、そんな彼女らと最後まで伴走することができないまでも、ジャマにならない限りついていってみたいと思う。 

 いやはや、まだ酒が抜け切っていないようで、毒気フンプン撒き散らし、当たった人はざまぁみろ。といいつつゴメンナサイって感じですな。ウ~ムでありまする……。







中国五輪のテロ

 中国では今、中国公安当局と、「破廉恥」極まるアウトロー集団が、ドンパチやっている。

「上海でテログループを摘発 サッカー場攻撃計画と当局

 24日の新華社電によると、中国・上海市公安当局者は、北京五輪期間中に上海のサッカー競技場の攻撃を計画していたグループを摘発したと明らかにした。

http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080725/gbh0807250016001-n1.htm 」

 
 中国という国は、近代国民国家が成立していない国家と言われるが、たとえ「成功」したとしても五輪をテコに、世界の先進国の仲間入りをしたということが果たして言えるか否か。

「新しい中世」も何も、中世そのものを古代から今までずっと続けてきた中国という国は(反面、孫文以来の近代主義者たる中国の一部の学者や政治家の苦悩は計り知れない)、国家としてはともかく、その民衆のアイデンティティのレベルでは、今後の新しい世界秩序にすんなりと適応できると考えられる。

 中国関係に詳しい幾人かの学者、ジャーナリストと話をしたが、「チベット、新疆ウィグルの独立派の動きは、五輪開催前の早い段階で、ガス抜きをさせられた。開催直前、開催中にやられるよりは、早くに『石』を投げ入れて、暴発を促した」との見解が大勢を占め、私もそうだろうなとは思ったが、中国の反乱派は、何もチベットと新疆ウィグルだけではない。漢人アイデンティティを持っている人間でも、中共中央に不満を持っているわけで、相当高い確度で、五輪開催中にテロが起こる可能性があると見るのが自然であろう。

 日本のように、相当程度均質化、同質化が進んだ国で、サミット反対の警備を遂行するのと、世界の注目が集まる五輪期間中、中世そのものといえる13億中国の不満分子を取り締まるのとでは、その困難さのレベルは、もはや次元を超えたものといえる。それと同じく、中国の過激派(ほとんど馬賊、匪賊の類なんだろうなぁ)は、日本の過激派と比べて、その思想や組織性において、相当程度コミュニケーション不能ではあろうが、しかし、マルチチュードなどという日本の過激派にとって、そのマルチチュード性は、見習うほかないほど、卓抜している面があるだろう。「生き方」や「べき論」といったイデオロギーではない、「生きる」というレベルから郡生してくるテロの真髄を、もしかしたら中国五輪で垣間見ることができるかもしれない(かといって、何度も言うが、私は平和主義者)。

 これら「破廉恥」な中国の「生きんがため」の集団を、戦前の右翼の巨魁頭山満のように、支援擁護できる右翼が、今の日本にいるのかどうか、私は寡聞にして知らない。しかし、中国の法輪功や、新疆ウィグルの独立派を支援する人々がいることは、私は知っている。五輪での日本選手の活躍よりも、ローカルな場所から個人を立ち上げた、新しい日本人たちの、困難極まる中国の人民とのリージョナルで「破廉恥」な協同行動を、私は五輪期間中、凝視していきたいと思っている。 

*注 ちょっと過激な意見ですけど、誤解しないで。私は平和主義者ですから……。 
   










「論座」休刊。さもありなん……。

 朝日新聞社のオピニオン誌『論座』が休刊するとのことだ。

「<「論座」>休刊へ「一定の役割果たした」 10月号最後に 7月15日11時26分配信 毎日新聞


 朝日新聞社は15日、月刊誌「論座」を9月1日発売の10月号を最後に休刊すると発表した。

 「Ronza」として95年3月に創刊。97年に現在の誌名に変更し、発行部数は3万5000部前後を推移したが、現在は約2万部。同社は「メディアが多様化するなか、一定の役割を果たした」として休刊を決めた」

  
 こういったお堅い月刊誌は、今誰が読んでいるのだろうと思っていたのだが、やはりそんなに読まれていなかったのね。私の立場からいえば、権威かつ原稿料が高そうだなあと思っていたので、そんな雑誌がなくなるのはちょっぴり残念ではある。でも、今の時代についていけてないのは、別にそんなに考えていなかったけど、相当分かる気がする。赤木智弘を発掘したことが、せめてもの救いか。

 月刊誌は難しいと言われる。そんな中、ミリオン出版に戻った久田将義さんが今年中に月刊誌を創刊する予定とのこと。なにやらいろいろと噂が飛び交っているが、『論座』などの「一定の役割を果たし」終わった雑誌から読者を吸引できるかもしれないので、個人的には期待大です。久田さん、頑張れ、と言いたい。

 斜陽産業といわれる出版界だが、何も、完全に無くなるわけであるまい。底を打った時に生き残れるかどうか、相当不安だけど、私も頑張るしかあるまいて……。  





G8首脳の洞爺湖サミットと各国チンピラたちのサミット

 今しがた、北海道は洞爺湖から帰ってきた。異常で過剰といえる警備のおかげで、洞爺湖の美しい景色を楽しむことがなかなかできなかった。何しろ、3日間で検問に引っかかった回数は30回近くあり、警官がいない場所は皆無ときた。洞爺湖の住民にとっても、その他道産子たちにとっても、今回のサミットの評判は、あまり芳しくない。テロなどは起こさせなかったとしても、果たして「見せる警備」は成功したのかどうか……。

 各国首脳のサミットで何が決まるのかは今のところ未知数だが、各国チンピラ連によるサミット反対のムーブメントにおいては、様々なことが行われ、問題が山積し、混乱に陥り、試行錯誤の果てに多くのことが決まり、最終的には飛躍的に前進したようだ。個人的には、それはとても感動的な光景ではあった。詳細は、来月号の『実話ナックルズ』にて報告したい。

 しかし、とても疲れた。全然寝ていない。ススキノで遊びたかったが、そんな余裕はなかった。それは残念だったが、誰が喜んでいるのか皆目分からない、ただ過剰というほかない官とマスコミによる「お祭り」のくだらなさを、たっぷりと目にすることができたことは良かった。サミットって本当に必要なのかね?

 それはともかく、各国の美人アナや記者にナンパしまくっていた某週刊誌記者Kさん、ちゃんと仕事しなさい。私も彼と昼間からビールを飲みまくったが、とにかく現場は、やることなくて弛緩してました。それは全国から動員された警察官も同じだろうけど。

 そんな倦怠感漂う中、日本では見たこともない陽気なデモを見せてくれた、各国のチンピラたちに感謝したい。いやはや、お祭りっていうのはそういうことなんだよねと思わせてくれました、彼らは。とんでもなくキッズだったけど……。  

プロフィール

小野登志郎

Author:小野登志郎
職業 ノンフィクション・ライター。ハードボイルドに疲れてきた三十路後半男。枯れていくばかりの人生を楽しむことにします。

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